現代社会において、「信頼」はあらゆる関係性において最も重要な要素といえるでしょう。
ビジネスでも日常の人間関係でも、信頼は何よりも貴重な資産です。それはもはや言葉だけではなく、その人の行動や姿勢によって築かれる時代に私たちは生きています。
今回は「誠実さ」という視点から、14世紀フランスの王、ジャン2世の生き方に焦点を当ててみたいと思います。
彼の誠実な行動が、国民の信頼を集め、その後、歴史的な貨幣を誕生させるきっかけとなりました。
善良王と呼ばれたフランス王 ジャン2世
ジャン・ル・ボンはヴァロワ朝第二代の王で、父はフィリップ6世、息子は後に「賢明王」と称されるシャルル5世です。(賢明王についてはこちらを参照)

歴史の中で彼は、「ジャン・ル・ボン(le Bon)=善良王」と称されています。
それは、彼の人間としての誠実さ、そして“騎士道精神を貫いた王”としての姿に由来します。
ジャン2世の誠実さを象徴する出来事のひとつが、ポワティエの戦いでの捕虜となったときの行動です。フランス軍はこの戦いで敗北し、ジャン2世はイングランド軍に捕えられます。
多くの王がこのような状況で逃げようとしたり、裏切りの選択をする中、ジャン2世は一貫して誠実に振る舞います。彼は、捕虜となりながらも王としての誇りを保ち、イングランドに幽閉されることとなります。
フランスは莫大な身代金を支払ってジャン2世を一時帰国させましたが、代わりに人質となった息子ルイが脱走するという事件が発生します。これは明らかな条約違反でした。
ここで彼は、自ら再びイングランドへ戻ることを選びました。逃亡しても咎められることのない立場だったにも関わらず。
王として、人として、必ず誓いは果たし、自分の責務を全うする。
彼は、王の威厳と誠実を守るために、自分から囚われの身になる道を選んだのです。
ここに彼が「善良王」と呼ばれる理由があります。
この行動は騎士道精神の体現として高く評価され、敵国の人々からも「真の騎士」と称えられました。
身代金300万エキュと「フランカシュヴァルの誕生」
王を失ったフランスは国家的混乱に陥り、重税、反乱、地方の独立傾向など深刻な問題が噴出します。
このような危機のなか、国家の最優先課題となったのが王の身代金の調達と解放でした。
しかし、イングランドが提示したジャン2世の解放条件は、なんと300万エキュという破格の額。
この莫大な金額を調達するため、フランス政府は新たな貨幣鋳造に踏み切ります。ここで登場したのが「フランカシュヴァル(Franc à cheval)」、「馬に乗った自由の金貨」です。
フランカシュヴァルの表面には、馬上で剣を掲げるジャン2世が描かれています。たとえ囚われの身であっても、王の威厳と誇りを失わない。そんな強いメッセージが、このデザインには込められています。
当時、ジャン2世の解放と自由の回復は国民の切なる願いでした。こうした背景の中で鋳造されたこの貨幣には、「自由への希望」や「国家再建」の象徴としての側面が強く込められていました。
「franc à cheval(馬上のフラン)」と名付けられたこの貨幣には、単なる通貨としての役割を超えた、王の名誉、国家の主権、そして民の団結といった象徴的価値が凝縮されていたのです。
ジャン2世の誠実さと騎士道精神は、この金貨を通じて国中に広まり、今なお語り継がれています。この貨幣は、誠実なリーダーシップと国家の威信を体現する歴史の語り部ともいえる存在なのです。
さらに、ジャン2世が発行したこの「フラン」は、後の「フラン」の通貨体系における重要な起点となった歴史的意義を持っています。
この通貨は、フランス王国の経済的基盤を築くための礎となり、次第にフランス全土で広く流通し、長い歴史を経て近代のフランスにまで続く通貨の名となりました。
この「フラン」は、フランスの通貨システムを象徴する存在となり、国家の安定性や信頼性を示すものとなったのです。
歴史を映す一枚としての価値
フランカシュヴァルは、ただの金貨ではありません。
それは、誠実な王の精神、中世フランスの苦悩と希望、そして民の祈りを今に伝える歴史の証人としての役割を果たしています。この金貨は、単なる経済的な価値を持つ通貨としてだけでなく、ジャン2世の誠実さと騎士道精神を象徴する「物語の担い手」として、時を超えて語り継がれています。
14世紀のフランスが直面していた困難な時期、王の解放と国家の再生の象徴であったフランカシュヴァルは、民衆にとって希望の象徴であり、王に対する信頼を集める力を持っていました。
歴史家によっては「善良」というより「騎士道的だが政治能力に欠けた王」と評することもあります。つまり、この称号にはある種の皮肉や同情も含まれている可能性もあると。
しかし、たとえ政治的な手腕に限界があったとしても、彼の行動は中世ヨーロッパにおける“理想の王”として、多くの人々の尊敬を集め、「誠実の王」「誇り高き騎士王」として語り継がれているのです。
その美しいデザインと深い意味は、今日でも多くのコレクターや歴史愛好家によって高く評価され、単なる物ではなく、歴史と精神を内包したモノとして扱われています。
この一枚には、王の誠実さや人々の願いが刻まれており、ただの古い通貨ではなく、時代を超えて生き続ける「物語のかけら」といえるかもしれません。